アトリエアイシス

手と香りでゆったり時間をうみだす工房 港区三田のアロマテラピープライベートサロン
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    終末期のアロマケア

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      GW前の記事からずいぶん時間が経ってしまいました。
      怒涛の5月でした。

      このブログでも何度か紹介した義母が6日に永眠しました。ご心配くださったみなさま、ご予約の調整に協力してくださったお客様、お心遣い本当にありがとうございました。ようやく一段落してPCに向かっています。

      いつどうなってもおかしくないと看取りの準備に入ったのが1年前の5月のこと。その後は入退院を繰り返し、年明けの入院ではついに胃瘻を受け付けなくなり、経管栄養に。最後は住み慣れた施設のほうが心地よく過ごせるはずと施設の協力のもと退院となったのが4月24日。

      その後はできる限り家族の誰かが側にいるように施設に通い、見守りながら最後の時を過ごしました。若年性アルツハイマー病の末期ですから、脳は呼吸を維持するのがやっというほどに萎縮し、ほぼ植物状態であると診断されていました。

      それでも施設に帰った時は、明らかに病室にいる時より穏やかなくつろいだ表情をしていました。脳ではなく、皮膚が馴染んだ空間を確かに感じていたのでしょう。

      若年性アルツハイマー病と診断されてから23年、自宅介護を経て施設に入居し18年。当時は若年性アルツハイマー病の症例がなく、義母の入所で施設は大混乱。夫と施設側とで苦慮の日々が、その後の施設のケア方針を根幹からくつがえすような改革につながったそうです。

      昏睡状態になってから、職員の方、当時担当だった方々が次々と顔を見にきてくださいました。一番大変だった時にお世話になったMさんは「せっちゃんがいたから、今の私がある」とまで。女性では最高位の管理職まで昇進され定年を迎えた現在も施設職員の教育や認知症ケアの講演活動に従事されています。

      50代から70代までを社会生活から離れて静かに生きた女性がもの言わずして人を動かし、組織を変えたのです。夫いわく「働きものだった母親の最後の社会貢献だった」と。

      私が出会ったのは9年前ですから、もう会話も歩行もできなくなってからのこと。アロマセラピストという職業柄、タッチと香りでコミュ二ケーションが取れたのが幸い。和やかな時間をともに過ごし多くのことを学ばせてもらいました。

      終末期のアロマケアは本人だけでなく、家族にとっても救いとなります。香りとタッチが「何もしてあげられない」という無力感を軽減させるのです。

      そして会話ができなくとも、皮膚から確実に感情を伝えることができます。「ありがとう、おつかれさま、もうすぐやっと楽になれるね」と。亡くなる5時間前までアロマケアをしていました。

      最後は家族のために息をしてくれていたのでしょう。栄養も水分も受け付けなくなってから12日間も昏睡状態が続きました。多忙な夫、5日が誕生日だったお義姉さん、私のGW集中講座の最終日、それを知ってか知らずか、皆が集まれる6日未明まで耐えてくれました。死が生の先に自然にあることを教えてくれました。

      さてこれからの日々はお世話になった方々へご恩返しです。そして長年、誠実に母と向き合い尽くしてきた夫に敬意を表しつつ優しく労おう(努力目標)!

      さっそくひとつの企てに取りかかったところです。元気なうちにできることを精一杯するのです。
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